孤高に生きたいというのは本望か
友達が少ないとこを、それはそうと受け止めてきた。
時に孤独を感じても何とかなると思っていた。
本当に孤独になった時、友も同期も職場仲間も他人とすらも会わなくなった時、僕は求めるようになってきた。
直接のインタラクション、僕を受け止めてくれる存在を。
ストレスを感じてきた。誰かとしゃべりたいと思った。
引きこもりニートでいいと思っていた僕が嫌だと思い始めた。
やっぱり人間、人がいて人になるんだと思う。
適度な運動なんてどうでもいい。自分が動いても応えてくれるのは自分だけ。
いつもは少なめの挨拶を、今日は多めにしてみた。
買い物に外に出る。店内で食べるのは論外である。テイクアウトを選択。でも家で食べるのはなぁ、、、何かを求め閑散とした駅前でコーラを飲んでいた。
誰でもいい。インタラクションを、コミュニケーションを。
そう、誰か、誰か、誰か。。。
(新型コロナで直接影響を受けた方々、生活に支障が出ている多くの方々を思うと非常に贅沢なつぶやきでありますが、どうかお許しください。)